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わかるモンティ・ホール問題
前のページ 「確率の錯覚の仕方」で取り上げた錯覚心理を説明する主要な心理学理論は次の二つです。
つまり、場合分けをして、それぞれの場合に確からしさを付与してから、問題を考えなければなりません。
モンティ・ホール問題の場合は、どの扉が当りか、挑戦者はどの扉を選んだか、ホストはどの扉を開けたか、 という観点を組み合わせて場合分けしなければなりません。
ところが、モンティ・ホール問題の確率を錯覚する人たちは、このような多次元の空間で確率を考えないで、 単に扉の配列のような 一次元の空間の上で確率を考えてしまいます。
こうしたために、確率を錯覚するのだ、というのが 「問題構造の把握失敗 (不適切なメンタルモデルの形成) 説」 で、 次のような心理学研究があります。
例えば、モンティ・ホール問題の扉1、扉2、扉3が当りである確率がそれぞれ 0.2, 0.3, 0.5 の場合、 ホストが扉3を開けた後の扉1と扉2が当りである確率の比がもともとの 0.2 : 0.3 の比を保持した値、つまり 0.4 と 0.6 という確率が錯覚によって導かれます。
このような現象を無意識の思考、すなわちヒューリスティクによって説明するのが 「比率保存のヒューリスティク説」 で, 下記の研究 (市川 伸一, 下條 信輔. (2010).) ではこのヒューリスティクを 「等比率の定理」 と呼んでいます。
類似の説に、扉の数や囚人の数を場合の数と考えて、それぞれの場合の確からしさの比を考慮せずに、 場合の数だけから確率を計算するという 「場合の数ヒューリスティク」 というものがあります。
(市川 伸一, 下條 信輔. (2010).では 「場合の数の定理」 と呼んでいる)
標本空間を素事象に分割し、確からしさを素事象に配分し、素事象を分類し、それぞれの分類に含まれる素事象の確からしさの総計を比較したものが 確率であるという確率論の基本を教わる人は、理科系の学生でも少なそうです。 (2014年現在)
そのため、中学や高校で 「場合分け」 してから 「場合の数」 で確率を計算する方法を教わっただけの人たちは 「場合分け」 が 「確率」 を計算する 手段だと誤解してしまうのでしょう。
実際は 「場合分け」 の方が 「確率」 より先で、場合分けがあって初めて確率が存在できるのです。
(場合分けをする前に考えている確率は数学の確率論の確率ではなく、日常の確率論の確率というべきものです)
モンティ・ホール問題の場合には、「事象」 と 「現象」 の区別が付いている場合と付いていない場合で次のような違いがおきます。
統計数学者も普段は日常の確率論で確率を考えているでしょうから、統計数学者がモンティ・ホール問題の確率を錯覚しても不思議はありません。
このように 「事象」 と 「現象」 の区別がついていないことなことが確率の錯覚現象の背景にあると私は思っています。
「基準率」 とは仮説事象の事前確率のことで、 マンモグラフィーの場合は、検査を受けた人と同じくらいの年齢の女性が乳ガンに罹っている割合のことです。
マンモグラフィー検査の確率錯覚現象とモンティ・ホール問題の確率錯覚現象には次のような違いがあります。
※ モンティ・ホール問題については、挑戦者が扉1 を選び、ホストが扉3 を開けたものとします。
この表から分かるように、マンモグラフィー検査では基準率が無視されていて、モンティ・ホール問題では尤度が無視されています。
無視されるものが違うという相違点があるものの、基準率と尤度のどちらかが無視されるという共通点があります。
なぜ、モンティ・ホール問題では基準率ではなく、尤度の方が無視されるのかについては、下記の心理学研究が参考になるでしょう。
⇒ 理解しても不思議な理由
モンティ・ホール問題や 3囚人問題の問題構造把握失敗の原因に関連する心理学研究に次のようなものがあります。
下記の論文で、(私は読んだことがありませんが)、 モンティ・ホール問題ではホストが開ける扉という単1の結果に対して、 互いに無関係な 2 つの原因、つまり当りの扉と挑戦者が選んだ扉の2 つの原因が関係しているというコライダー構造があるために ホストがこれこれの扉を開けたことに伴う、 当たり扉の配置と挑戦者が選んだ扉の間の条件付依存関係 ( conditional dependence ) を把握するのが困難 だと論じているらしいです。
【参考】コライダー( collider ) とは素粒子と素粒子を衝突させる実験装置のことらしいです。
2013/07/24 に、この部分を書き足しました。
下記のワークショップで、 「モンティ・ホール問題が難しい理由は、司会者がCのドアを開けたのは何故かという因果的な推論を 大部分の解答者が行わないためではないか」という説を確かめるために 服部雅史先生が行った実験の結果が報告されています。
「司会者がCのドアを開けたのは、Bのドアのうしろに新車があるからではないか」という因果推定がなされやすいように モンティ・ホール問題の問題文を変更して実験したところ、予測どおり正答率が上がったらしいです。
2013/06/18 に、この部分を書き直し、2013/07/27 にこの場所に移動しました。
下記の論文では、3囚人問題を使った実験で被験者自身に尤度を想定させても、本人が想定した尤度とまったく無関係に確率を判断してしまうという 実験結果が報告されています。
【参考】尤度とは、仮説事象(確率を計算したい事象)を条件とする証拠事象(確率を計算する手がかりになる事象)の条件付き確率のことで、 モンティ・ホール問題の場合で言えば、「扉1が当たりのときにホストが扉3を開ける確率」などが尤度に当たります。
下記の論文の結論部分で、3囚人問題で正しい問題表象を構成することは困難であり、 特に難しいのは尤度の理解だろうと書いています。
条件付き確率の問題を解くときに無意識にこのような手順で計算してしまうため、 「場合」 の数を減らすことはできても 「場合」 をもっと細かい 「場合」 に分割することができません。 そのため、 ひとたび標本空間を思い浮かべたが最後、それ以上に詳細な分析ができなくなるというわけです。
モンティ・ホール問題に当てはめれば、 ( 扉1 が当たり、 扉2 が当たり、 扉3 が当たり ) の 場合分けを思い浮かべたが最後、ホストが開ける扉も考慮した場合分けができなくなって、 「尤度の無視」 が起きてしまうというわけです。
これは、人間が確率を考えるとき、あたかもエネルギーや質量、あるいはカードのポイントのように 保存される量として確率が宿ると考えているのだという説です。
扉という実体に確率が宿っていると考えているために、「標本空間」 の上で確率を考えずに、 扉が構成する 「扉空間」 の上で確率を考えてしまうのでしょう。 (「課題空間の取り違え」 )
そして、上で見たような 「因果関係の把握の難しさ」 による 「尤度の無視」 があるために、 「扉空間」 と 「証拠事象の空間」 あるいは 「尤度の空間」 を掛け合わせないで、 単純に 「扉空間」 の扉の数を 3 から 2 に減らしただけで、 結果の確率を考えてしまうのでしょう。
それはモンティ・ホール問題やマンモグラフィー検査のような事後確率の問題を解くときに、 通常の確率と同じ発想で考えてしまうために、単純な構造で確率を計算してしまうのだという説です。
通常の確率の問題では、証拠事象から仮説事象に向かう因果関係があるので、証拠事象が仮説事象の確率にどのように影響するかを考えて確率を計算します。
例えば天気予報の場合、低気圧が近づいたという証拠事象を考慮して、雨が降るという仮説事象の確率を上げる計算をします。
「事後確率の問題を解くときに、通常の確率と同様に、証拠事象から仮説事象に向かう因果関係を探して、 それらしきものが見つかると、それにとびついて、単純な構造で確率を計算してしまうのだ」 という説を、 「因果関逆転説」 と呼ぶことにしました。
例えば、モンティ・ホール問題の場合、ホストが扉3 を開けたという証拠事象が、扉1が当たりである事象や、扉2 が当たりである 事象に与える因果関係を探し始めてしまい、そうしているうちに扉の数が 3 から 2 に減ったという現象を発見して、 それにすがって、2枚の扉で構成される空間の上で確率を考えてしまうのでしょう。
マンモグラフィーの場合であれば、検査結果が陽性であったという証拠事象が、乳ガンに罹っているという事象に 与える因果関係を探して、乳ガンに罹っている場合に陽性になる確率を 陽性の場合に乳ガンに罹っている確率と混同してしまうのでしょう。
モンティ・ホール問題での 「尤度の無視」 も、マンモグラフィー検査の場合の 「基準率の無視」 も 「因果関係の逆転」 の結果にすぎないのかも知れません。
いったん出来上がった標本空間の中で因果関係を考えるということは、標本空間の事象を絞り込むということでもあるので、 上記の心理学者による 「標本空間を分割したらもうそれ以上分割できない説」 が予想することと同じことが起きます。
私の 「因果関逆転説」 と、 心理学者による 「標本空間を分割したらもうそれ以上分割できない説」 は同じことを言っているのかも知れません。
この図式をモンティ・ホール問題を例に図解すると次のようになります。
(この図では、モンティ・ホール問題で、挑戦者が選んだ扉を扉1 に限定した場合を例としています)
次のページ 理解しても不思議な理由 でも、 客観確率幻想を取り上げています。
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2017/05/20 17:54:10
初版 2012/04/07
わかるモンティ・ホール問題
(わかるモンティホールジレンマ)
確率を錯覚する原因
2013/06/06 に、新たに加えたページ 確率の錯覚の仕方 に前段の部分を移動しました。前のページ 「確率の錯覚の仕方」で取り上げた錯覚心理を説明する主要な心理学理論は次の二つです。
問題構造の把握失敗説
確率を考えるとき、本来、標本空間の上の事象の持つ量としてとらえなければなりません。つまり、場合分けをして、それぞれの場合に確からしさを付与してから、問題を考えなければなりません。
モンティ・ホール問題の場合は、どの扉が当りか、挑戦者はどの扉を選んだか、ホストはどの扉を開けたか、 という観点を組み合わせて場合分けしなければなりません。
ところが、モンティ・ホール問題の確率を錯覚する人たちは、このような多次元の空間で確率を考えないで、 単に扉の配列のような 一次元の空間の上で確率を考えてしまいます。
こうしたために、確率を錯覚するのだ、というのが 「問題構造の把握失敗 (不適切なメンタルモデルの形成) 説」 で、 次のような心理学研究があります。
-
Johnson-Laird, P. N., Legrenzi, P., Girotto, V., Legrenzi, M. S., & Caverni, J.-P. (1999).
Naive probability: A mental model theory of extensional reasoning. Psychological Review, 106, 62-88 -
Tubau, E. & Alonson, D. (2003).
Overcoming illusory inferences in a probabilistic counterintu-iteive problem:
The role of explicit representaitions. Memory & Cognition, 31, 596-607.
比率保存のヒューリスティク説
モンティ・ホール問題の確率の錯覚の結果、どのような確率値が導かれるかというと、 もともとの確からしさの比を保存するような値が錯覚によって導かれることが分っています。例えば、モンティ・ホール問題の扉1、扉2、扉3が当りである確率がそれぞれ 0.2, 0.3, 0.5 の場合、 ホストが扉3を開けた後の扉1と扉2が当りである確率の比がもともとの 0.2 : 0.3 の比を保持した値、つまり 0.4 と 0.6 という確率が錯覚によって導かれます。
このような現象を無意識の思考、すなわちヒューリスティクによって説明するのが 「比率保存のヒューリスティク説」 で, 下記の研究 (市川 伸一, 下條 信輔. (2010).) ではこのヒューリスティクを 「等比率の定理」 と呼んでいます。
-
市川 伸一, 下條 信輔. (2010).
3囚人問題研究の展開と意義をふり返って . 認知心理学研究. 2010, Vol. 7, No. 2, p.137-145 .
ホストが扉を開ける前
ホストが扉3 を開けた後
|
類似の説に、扉の数や囚人の数を場合の数と考えて、それぞれの場合の確からしさの比を考慮せずに、 場合の数だけから確率を計算するという 「場合の数ヒューリスティク」 というものがあります。
(市川 伸一, 下條 信輔. (2010).では 「場合の数の定理」 と呼んでいる)
問題構造の把握失敗はどうして起きるのか
「事象」 と 「現象」 の区別がついていないことが背景にある
2014/08/10 に、この項を加えました。標本空間を素事象に分割し、確からしさを素事象に配分し、素事象を分類し、それぞれの分類に含まれる素事象の確からしさの総計を比較したものが 確率であるという確率論の基本を教わる人は、理科系の学生でも少なそうです。 (2014年現在)
そのため、中学や高校で 「場合分け」 してから 「場合の数」 で確率を計算する方法を教わっただけの人たちは 「場合分け」 が 「確率」 を計算する 手段だと誤解してしまうのでしょう。
実際は 「場合分け」 の方が 「確率」 より先で、場合分けがあって初めて確率が存在できるのです。
(場合分けをする前に考えている確率は数学の確率論の確率ではなく、日常の確率論の確率というべきものです)
モンティ・ホール問題の場合には、「事象」 と 「現象」 の区別が付いている場合と付いていない場合で次のような違いがおきます。
-
「事象」 と 「現象」 の区別が付いている人は、 「選んだ扉1 が当たりのときにハズレ扉3 が開けられた」 という 「事象」 の確からしさと、 「扉1 がハズレのときにハズレ扉3 が開けらた」 という 「事象」 の確からしさを比較する。 結果として確率の錯覚が起きにくい。
- 「事象」 と 「現象」 の区別が付いていない人は、 「ハズレ扉3 が開けれられた」 という 「現象」 が、 「選んだ扉1 が当たりかハズレか」 という 「現象」 の確率にどう影響するかを考える。 結果として確率の錯覚が生じやすい。
統計数学者も普段は日常の確率論で確率を考えているでしょうから、統計数学者がモンティ・ホール問題の確率を錯覚しても不思議はありません。
このように 「事象」 と 「現象」 の区別がついていないことなことが確率の錯覚現象の背景にあると私は思っています。
モンティ・ホール問題とマンモグラフィーの違いと共通点
マンモグラフィー検査で陽性になった人が、自分が乳ガンに罹っている確率を過大評価して慌てる現象を 心理学では、 「基準率錯誤」 と呼びます。「基準率」 とは仮説事象の事前確率のことで、 マンモグラフィーの場合は、検査を受けた人と同じくらいの年齢の女性が乳ガンに罹っている割合のことです。
マンモグラフィー検査の確率錯覚現象とモンティ・ホール問題の確率錯覚現象には次のような違いがあります。
※ モンティ・ホール問題については、挑戦者が扉1 を選び、ホストが扉3 を開けたものとします。
|
|
|
---|---|---|
基準率 | 検査を受けた人と同じくらいの年齢の女性が乳ガンに罹っている割合 | ゲーム開始時点で扉1 が当たりである確率と扉2 が当たりである確率 |
尤度 | 乳ガンに罹っている人が検査で陽性になる割合と、乳ガンに罹っていない人が検査で陽性になる割合 | 扉1 が当たりのときにホストが扉3 を開ける割合と、扉2 が当たりのときにホストが扉3 を開ける割合 |
|
検査で陽性になった後の確率を尤度だけから計算する その結果、陽性になったときにガンに罹っている確率を過大評価して慌てる |
ホストが扉3 を開けた後の確率を基準率だけから計算する その結果、残った二つの扉が当たりである確率が互角だと錯覚する |
無視されるのは |
基準率 | 尤度 |
この表から分かるように、マンモグラフィー検査では基準率が無視されていて、モンティ・ホール問題では尤度が無視されています。
無視されるものが違うという相違点があるものの、基準率と尤度のどちらかが無視されるという共通点があります。
なぜ、モンティ・ホール問題では基準率ではなく、尤度の方が無視されるのかについては、下記の心理学研究が参考になるでしょう。
問題構造の把握失敗に関連する心理学研究
決定版といえる学説はまだなさそうなので、以下を飛ばして次に進んでも構いません。モンティ・ホール問題や 3囚人問題の問題構造把握失敗の原因に関連する心理学研究に次のようなものがあります。
因果関係の把握の難しさに原因を求める説
2013/07/27 に、この部分を修正しました。下記の論文で、(私は読んだことがありませんが)、 モンティ・ホール問題ではホストが開ける扉という単1の結果に対して、 互いに無関係な 2 つの原因、つまり当りの扉と挑戦者が選んだ扉の2 つの原因が関係しているというコライダー構造があるために ホストがこれこれの扉を開けたことに伴う、 当たり扉の配置と挑戦者が選んだ扉の間の条件付依存関係 ( conditional dependence ) を把握するのが困難 だと論じているらしいです。
【参考】コライダー( collider ) とは素粒子と素粒子を衝突させる実験装置のことらしいです。
- Glymour, C.N. (2001). The mind's arrow: Bayes nets and graphical causal models in psychology. MIT Press Cambridge.
2013/07/24 に、この部分を書き足しました。
下記のワークショップで、 「モンティ・ホール問題が難しい理由は、司会者がCのドアを開けたのは何故かという因果的な推論を 大部分の解答者が行わないためではないか」という説を確かめるために 服部雅史先生が行った実験の結果が報告されています。
「司会者がCのドアを開けたのは、Bのドアのうしろに新車があるからではないか」という因果推定がなされやすいように モンティ・ホール問題の問題文を変更して実験したところ、予測どおり正答率が上がったらしいです。
-
服部雅史, 西田豊, 他. (2009年ごろ).
「確率判断と因果推論 Probability Judgment and Causal Inference」と銘打ったワークショップ
高野陽太郎先生が企画者で、3囚人問題の大家の市川伸一先生も参加している
2013/06/18 に、この部分を書き直し、2013/07/27 にこの場所に移動しました。
下記の論文では、3囚人問題を使った実験で被験者自身に尤度を想定させても、本人が想定した尤度とまったく無関係に確率を判断してしまうという 実験結果が報告されています。
【参考】尤度とは、仮説事象(確率を計算したい事象)を条件とする証拠事象(確率を計算する手がかりになる事象)の条件付き確率のことで、 モンティ・ホール問題の場合で言えば、「扉1が当たりのときにホストが扉3を開ける確率」などが尤度に当たります。
- Ichikawa,S. & Takeichi, H. (1990). Erroneous beliefs in estimating posterior probability. Behaviormetrika, Vol 27, Jan 1990, 59-73.
下記の論文の結論部分で、3囚人問題で正しい問題表象を構成することは困難であり、 特に難しいのは尤度の理解だろうと書いています。
- 寺尾敦・伊藤朋子 (2010). 3囚人問題はなぜ難しいのか-ベイズの定理学習後の解答分析, 日本教育心理学会第52回総会発表論文集, 691.
仮説事象と証拠事象の現象の類似性に原因を求める説
下記の文献に、 「3囚人問題ではデータ事象(Bが処刑されると看守が言ったこと)が原事象(Bが処刑されること)に 直接関係しているので、「等比率の定理」などの主観的定理(ヒューリスティク)を適用した処理に誘導され やすい」という説が書かれています。-
市川 伸一, 下條 信輔. (2010).
3囚人問題研究の展開と意義をふり返って . 認知心理学研究. 2010, Vol. 7, No. 2, p.137-145 .
標本空間を分割したらもうそれ以上分割できない説
下記の論文で、人間が条件付き確率を計算するとき、 "Partition → Edit → Count"という手順を無意識にとるという説が提唱されています。- Fox, Craig R. and Levav, Jonathan (2004). Partition-Edit-Count: Naive Extensional Reasoning in Judgment of Conditional Probability, Journal of Experimental Psychology: General 133(4): 626–642.
条件付き確率の問題を解くときに無意識にこのような手順で計算してしまうため、 「場合」 の数を減らすことはできても 「場合」 をもっと細かい 「場合」 に分割することができません。 そのため、 ひとたび標本空間を思い浮かべたが最後、それ以上に詳細な分析ができなくなるというわけです。
モンティ・ホール問題に当てはめれば、 ( 扉1 が当たり、 扉2 が当たり、 扉3 が当たり ) の 場合分けを思い浮かべたが最後、ホストが開ける扉も考慮した場合分けができなくなって、 「尤度の無視」 が起きてしまうというわけです。
私の説
客観確率幻想説
私は、心理学者による 「問題構造の把握失敗説」 よりも本質的な原因として 「客観確率幻想説」 というものを考えました。これは、人間が確率を考えるとき、あたかもエネルギーや質量、あるいはカードのポイントのように 保存される量として確率が宿ると考えているのだという説です。
扉という実体に確率が宿っていると考えているために、「標本空間」 の上で確率を考えずに、 扉が構成する 「扉空間」 の上で確率を考えてしまうのでしょう。 (「課題空間の取り違え」 )
そして、上で見たような 「因果関係の把握の難しさ」 による 「尤度の無視」 があるために、 「扉空間」 と 「証拠事象の空間」 あるいは 「尤度の空間」 を掛け合わせないで、 単純に 「扉空間」 の扉の数を 3 から 2 に減らしただけで、 結果の確率を考えてしまうのでしょう。
因果関逆転説
2013/05/05 になって新しい説を思いつきました。それはモンティ・ホール問題やマンモグラフィー検査のような事後確率の問題を解くときに、 通常の確率と同じ発想で考えてしまうために、単純な構造で確率を計算してしまうのだという説です。
通常の確率の問題では、証拠事象から仮説事象に向かう因果関係があるので、証拠事象が仮説事象の確率にどのように影響するかを考えて確率を計算します。
例えば天気予報の場合、低気圧が近づいたという証拠事象を考慮して、雨が降るという仮説事象の確率を上げる計算をします。
「事後確率の問題を解くときに、通常の確率と同様に、証拠事象から仮説事象に向かう因果関係を探して、 それらしきものが見つかると、それにとびついて、単純な構造で確率を計算してしまうのだ」 という説を、 「因果関逆転説」 と呼ぶことにしました。
例えば、モンティ・ホール問題の場合、ホストが扉3 を開けたという証拠事象が、扉1が当たりである事象や、扉2 が当たりである 事象に与える因果関係を探し始めてしまい、そうしているうちに扉の数が 3 から 2 に減ったという現象を発見して、 それにすがって、2枚の扉で構成される空間の上で確率を考えてしまうのでしょう。
マンモグラフィーの場合であれば、検査結果が陽性であったという証拠事象が、乳ガンに罹っているという事象に 与える因果関係を探して、乳ガンに罹っている場合に陽性になる確率を 陽性の場合に乳ガンに罹っている確率と混同してしまうのでしょう。
モンティ・ホール問題での 「尤度の無視」 も、マンモグラフィー検査の場合の 「基準率の無視」 も 「因果関係の逆転」 の結果にすぎないのかも知れません。
いったん出来上がった標本空間の中で因果関係を考えるということは、標本空間の事象を絞り込むということでもあるので、 上記の心理学者による 「標本空間を分割したらもうそれ以上分割できない説」 が予想することと同じことが起きます。
私の 「因果関逆転説」 と、 心理学者による 「標本空間を分割したらもうそれ以上分割できない説」 は同じことを言っているのかも知れません。
全体のまとめ
以上をまとめると、次のような図式になります。 きみどり色の部分は私の説で、水色の部分は心理学者たちの説です。
客観確率幻想
(扉自体に確率が宿ると考える) |
↓ |
(扉によって構成される空間の上で確率を考えてしまう) |
↓
どの扉が開けられたか知らされる ↓ |
(ホストが扉を開けたことが当たり扉に与える影響を探し始める) |
あるいは |
標本空間を分割したら、もうそれ以上分割できない
(証拠事象に反する仮説事象を刈り込む) |
↓ |
|
あるいは |
|
↓ |
当り扉の空間から 扉を減らしただけの 一次元の空間の上で確率を考えてしまう |
↓ |
|
↓ |
比率保存のヒューリスティクで確率を導く |
この図式をモンティ・ホール問題を例に図解すると次のようになります。
(この図では、モンティ・ホール問題で、挑戦者が選んだ扉を扉1 に限定した場合を例としています)
最初の扉空間 (扉自体の空間)
ホストがどの扉を開けたかの情報
ホストが開けた扉の情報が 扉空間に 作用すると考える ↓ ホストが扉を開けた 後の扉空間 (扉3 欠如)
確率の比率を保存しながら 事後の確率を計算する
|
標本空間で考える人の頭の中
どの扉が当りかの事象の空間
ホストがどの扉を開けたかの事象の空間
↓ 標本空間からホストが扉3 を 開けた後の部分を切り出す
確率の比率を保存しながら 事後の確率を計算する
|
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