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わかるモンティ・ホール問題
2015/10/18 に加筆や一部訂正を行いました。
2017/05/20 にも一部訂正しました。
あなたがモンティ・ホール問題の初心者であるならば、これまでの説明を読んで、switch した方が賞品を得る確率が高いことを理解したとしても、 「不思議さ」を拭いさることが出来ないでいるはずです。
それもそのはずで、モンティ・ホール問題の不思議さは「錯覚」によるものですから、いくら数学的に理解しても不思議さが消えるはずはありません。
インターネットで検索すると、モンティ・ホール問題を解説したブログが山のように出てくるのも、 そうした不思議さから少しでも逃れようとする人たちがひっきりなしに解説を書いているからに他なりません。
心理学者たちは確率を錯覚するメカニズムの研究はしていますが、正しい確率計算方法を理解した後に生じる不思議さのメカニズムを研究している心理学者を私は見たことがありません。
このような状況の中、前のページ 確率を錯覚する原因 で述べた 「客観確率幻想」、そしてそれが引き起こす「課題空間の取り違え」が不思議さの原因になっていると、私は考えています。
(↑ 2017/05/20 修正)
私を含む平均的な人間が確率を考えるときは、客体自体が持つ能力として確率を捉えているらしいのです。
たとえば、モンティ・ホール問題で頭をひねっているときには、 頭の中には扉のイメージと、それらが担っている確率のイメージしかなかったはずです。
このように、扉のような事物(客体)に確率が付与されているという考え方を、私は 「客観確率幻想」 と呼んでいます。
この 「客観確率幻想」 があるために、前のページ 確率を錯覚する原因 で述べた 「課題空間の取り違え」に陥いってしまい、それが払しょくされないために、不思議さの感覚が生じるのだと思います。
たとえば、挑戦者が扉1 を選んでホストが扉3 を開けた場合を例に考えてみましょう。 「客観確率幻想」 に陥っている人は、 「扉1が当たりで挑戦者が扉1を選びホストが扉3を選ぶ事象の確からしさ」 と 「扉2が当たりで挑戦者が扉1を選びホストが扉3を選ぶ事象の確からしさ」 を比較するのではなく、ホストが扉3を開けた後に 「扉1が持つ確率」 と 「扉2が持つ確率」 をホストが扉3を開ける前の確率から計算しようとするような 「課題空間の取り違え」 を来しているのだと思います。
そして、客観確率幻想に陥って課題空間を取り違えている人の頭の中では、下の図のように不思議さを感じているのだと思います。
この問題と長くつきあって 錯覚の原因の働きを弱めるしか、 不思議さを晴らす方法はありません。
数学的な理解不足が原因ではないので、不思議さを晴らそうとあせる必要はありません。
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2017/05/20 10:08:50
初版 2012/03/03
わかるモンティ・ホール問題
(わかるモンティホールジレンマ)
理解しても不思議な理由
このページは 2012/12/21に大幅に書き換えました。2015/10/18 に加筆や一部訂正を行いました。
2017/05/20 にも一部訂正しました。
あなたがモンティ・ホール問題の初心者であるならば、これまでの説明を読んで、switch した方が賞品を得る確率が高いことを理解したとしても、 「不思議さ」を拭いさることが出来ないでいるはずです。
それもそのはずで、モンティ・ホール問題の不思議さは「錯覚」によるものですから、いくら数学的に理解しても不思議さが消えるはずはありません。
インターネットで検索すると、モンティ・ホール問題を解説したブログが山のように出てくるのも、 そうした不思議さから少しでも逃れようとする人たちがひっきりなしに解説を書いているからに他なりません。
心理学者たちは確率を錯覚するメカニズムの研究はしていますが、正しい確率計算方法を理解した後に生じる不思議さのメカニズムを研究している心理学者を私は見たことがありません。
このような状況の中、前のページ 確率を錯覚する原因 で述べた 「客観確率幻想」、そしてそれが引き起こす「課題空間の取り違え」が不思議さの原因になっていると、私は考えています。
(↑ 2017/05/20 修正)
客観確率幻想
2017/05/20 に一部訂正しました。私を含む平均的な人間が確率を考えるときは、客体自体が持つ能力として確率を捉えているらしいのです。
たとえば、モンティ・ホール問題で頭をひねっているときには、 頭の中には扉のイメージと、それらが担っている確率のイメージしかなかったはずです。
このように、扉のような事物(客体)に確率が付与されているという考え方を、私は 「客観確率幻想」 と呼んでいます。
この 「客観確率幻想」 があるために、前のページ 確率を錯覚する原因 で述べた 「課題空間の取り違え」に陥いってしまい、それが払しょくされないために、不思議さの感覚が生じるのだと思います。
たとえば、挑戦者が扉1 を選んでホストが扉3 を開けた場合を例に考えてみましょう。 「客観確率幻想」 に陥っている人は、 「扉1が当たりで挑戦者が扉1を選びホストが扉3を選ぶ事象の確からしさ」 と 「扉2が当たりで挑戦者が扉1を選びホストが扉3を選ぶ事象の確からしさ」 を比較するのではなく、ホストが扉3を開けた後に 「扉1が持つ確率」 と 「扉2が持つ確率」 をホストが扉3を開ける前の確率から計算しようとするような 「課題空間の取り違え」 を来しているのだと思います。
そして、客観確率幻想に陥って課題空間を取り違えている人の頭の中では、下の図のように不思議さを感じているのだと思います。
ゲーム開始時点
ホストが開ける扉空間
客観確率幻想 ↓ ホストが扉3を開けた 後の扉空間
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不思議さを晴らす方法
インターネットを見ると、 私以外にも多くの人がモンティ・ホール問題にハマッていることがわかります。 私と同様に、数学的な解説やその他の俗説をいくら読んでも不思議さが晴れないからハマッテしまったのでしょう。この問題と長くつきあって 錯覚の原因の働きを弱めるしか、 不思議さを晴らす方法はありません。
数学的な理解不足が原因ではないので、不思議さを晴らそうとあせる必要はありません。
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