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2006年の Nickerson, Raymond S.& Falk, Ruma.(2006). にやっと心理学的な内容を見つけることができました。
"Assuming uniformity" という章で、確率の大小を決める根拠が不明なときに、それぞれの可能性を等確率とみなす傾向について議論していて、3囚人問題やモンティ・ホール問題に関する実験のうち、「等確率の仮定」 に対する強い傾向を示す実験結果を取り上げています。 「ダランベールの誤り」 やその他の 「等確率の仮定」 にまつわる現象も紹介しています。
論文の著者は、「等確率の仮定」 に対する強い傾向が、 二封筒問題で交換して倍になる確率と半減する確率が等しいと錯覚する原因だと考えているのでしょう。 Ichikawa,S. & Takeichi, H. (1990). や Fox, C.R. & Levav, J. (2004). を読んだ私には、 「等確率の仮定」 に対する傾向が二封筒問題の錯覚の原因だとは思えないので、残念でした。
ところが 2009年の Falk, Ruma; Nickerson, Raymond (2009). を読んでみると次のような内容に変わっていました。(1/2)(1/2)A + (1/2)2A の確率値 1/2 を導いた錯覚現象にまったく触れなくなっていました。
Wagner, Carl G.(1999). の中に次の二つの式が出てきます。
P(R = B/2) = P(R = 2B) = 1/2
(赤封筒の中身が青封筒の中身の半額や倍額である確率がともに1/2 だということ)
b∈{m, 2m} である b について
P(R = b/2 | B = b) = P(R = 2b|B = b) = 1/2
(青封筒の中身が金額ペア{m, 2m} のいずれのときも、赤封筒の中身がその金額の半額や倍額である確率がともに1/2 だということ)
そしてこの二つの式の混同 (confusion) が錯誤 (fallacy) を引き起こすとしています。
やれやれ、やっと見つけました。(^^;)
Burns, Bruce D. では、Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). の着想に、Cover,T.M.(1987) や Abbott, D., Davis, B. R., & Parrondo, J. M. R. (2010). の着想を加味した実験を行っていて、 こちらも、確率の錯覚現象にはまったく関心がありませんでした。
封筒を交換するかどうかという 「意思決定」 と、 頭の中での 「期待値の計算」 の間に関連がありそうなことと、 「期待値の計算」 と 「確率の錯覚」 の間にも関連がありそうなことから、 「意思決定」 と 「確率の錯覚」 の間の関係が、 これらの実験結果の中に現れているかも知れないと思って調べてみました。
· · · 心理学実験に確率の錯覚現象を見ることができるか
その結果、二つの封筒問題の 「錯覚」 は 「期待値の計算方法のヒントが与えられたときの錯覚」 であって、期待値計算方法のヒントが含まれていない問題文を使っても、 「確率の錯覚」 や 「変数の誤用」 のどちらが発生していそうか判断できないことがわかりました。
次の例はその少ないページの中の一つです。
「数楽どん話」 というサイトの 「期待値の怪」 というページに掲載されている 「期待値の怪について その2」 というメールの中に、
「他の封筒に入っている金額が選んだ封筒より多いか少ないかの確率も1/2である。と考えるのは、欠落している条件を無視した錯覚である。」
という箇所があります。 この中の 「欠落している条件の無視」 とは確率の錯覚現象の一つの 「基準率無視」 (Base Rate Neglect) に他ならないし、「錯覚」 という言葉も使われていますが、このページの後半で、金額分布が連続的かつ上限無しの場合の計算方法の方に力点が移ってしまっているので、残念ながら、二つの封筒問題を心理学の問題としてとらえている事例には含まれません。
回答者の中には jousikijinz さんのように、交換したら金額が増えそうかどうかの判別式を計算できる人もいるし、交換して倍になるか半額になるかの確率が偏っている具体例を考えた人もいます。
しかし、二つの封筒問題を 「錯覚心理学」 や 「認知心理学」、あるいは 「行動経済学」 の問題だと認識している人は、私の見た限り皆無でした。
2002年に行動経済学と実験経済学への貢献によりノーベル経済学賞を受賞したカーネマンの邦訳本を私が書店で見かけるようになったのはやっと 2013 年になってからなので、今後は 「二つの封筒問題」 を行動経済学や心理学の観点で見る人が増えると期待します。
しかし、 「実験1」 の結果を見て、次のような感想を得ることができました。
論文の表1 によると 「実験1」 の結果は次のようでした。
Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). の 「実験1」 を参考にすると、 期待値が計算できない被験者も、このような傾向を示せそうなので、 期待値の計算において、 「確率の錯覚」 や 「変数の誤用」 のどちらが発生していそうか、 この実験結果からは何も言えません。
期待値計算方法のヒントになる記述を含む問題文を使って実験しなければ、 望みのデータを得ることはできないのでしょう。
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2014/06/01 13:25:26
初版 2013/12/15
二つの封筒問題を心理学の問題として位置付ける人の少ないこと
選んだ封筒の金額が決まった後もどちらが高額側かの確率が半々のままだとすることが錯覚であることに実例や確率論にもとづいて気づいた人たちの中に、この錯覚現象に関する心理学的解明を中心課題としている人は多くありません。心理学論文の事例
2014/03/23
2014/03/23 になって、次のようなことがわかりました。2006年の Nickerson, Raymond S.& Falk, Ruma.(2006). にやっと心理学的な内容を見つけることができました。
"Assuming uniformity" という章で、確率の大小を決める根拠が不明なときに、それぞれの可能性を等確率とみなす傾向について議論していて、3囚人問題やモンティ・ホール問題に関する実験のうち、「等確率の仮定」 に対する強い傾向を示す実験結果を取り上げています。 「ダランベールの誤り」 やその他の 「等確率の仮定」 にまつわる現象も紹介しています。
論文の著者は、「等確率の仮定」 に対する強い傾向が、 二封筒問題で交換して倍になる確率と半減する確率が等しいと錯覚する原因だと考えているのでしょう。 Ichikawa,S. & Takeichi, H. (1990). や Fox, C.R. & Levav, J. (2004). を読んだ私には、 「等確率の仮定」 に対する傾向が二封筒問題の錯覚の原因だとは思えないので、残念でした。
ところが 2009年の Falk, Ruma; Nickerson, Raymond (2009). を読んでみると次のような内容に変わっていました。
- 「封筒を開ける前に交換型」 の二封筒問題に対して、交換後の金額の期待値の計算式
(1/2)(1/2)A + (1/2)2A の変数の使い方が誤っているとする 二封筒問題のおまじないの王様 を適用している。 - 「封筒を開けてから交換型」 の二封筒問題に対して、交換して倍になる確率と半減する確率は金額分布に関する 「主観確率」 に依存することと、金額の期待値が ∞ な金額分布を除いて、常に交換が有利であるような金額分布がないことを理由にパラドックスが解消されたとしている。
2014/03/30
2014/03/30 になって、やっと錯覚現象を中心課題としている論文を見つけました。Wagner, Carl G.(1999). の中に次の二つの式が出てきます。
(赤封筒の中身が青封筒の中身の半額や倍額である確率がともに
(青封筒の中身が金額ペア{m, 2m} のいずれのときも、赤封筒の中身がその金額の半額や倍額である確率がともに
そしてこの二つの式の混同 (confusion) が錯誤 (fallacy) を引き起こすとしています。
やれやれ、やっと見つけました。(^^;)
2014/05/25
Nickerson, Raymond S.& Falk, Ruma.(2006). に書かれている構想に基づいた実験結果が Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). に書かれています。 それを読むと、 ゲームの条件を変えたときに、最適な戦略をとれるかどうかという、意思決定に関する研究であって、確率の錯覚現象には関心を寄せていませんでした。Burns, Bruce D. では、Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). の着想に、Cover,T.M.(1987) や Abbott, D., Davis, B. R., & Parrondo, J. M. R. (2010). の着想を加味した実験を行っていて、 こちらも、確率の錯覚現象にはまったく関心がありませんでした。
封筒を交換するかどうかという 「意思決定」 と、 頭の中での 「期待値の計算」 の間に関連がありそうなことと、 「期待値の計算」 と 「確率の錯覚」 の間にも関連がありそうなことから、 「意思決定」 と 「確率の錯覚」 の間の関係が、 これらの実験結果の中に現れているかも知れないと思って調べてみました。
· · · 心理学実験に確率の錯覚現象を見ることができるか
その結果、二つの封筒問題の 「錯覚」 は 「期待値の計算方法のヒントが与えられたときの錯覚」 であって、期待値計算方法のヒントが含まれていない問題文を使っても、 「確率の錯覚」 や 「変数の誤用」 のどちらが発生していそうか判断できないことがわかりました。
ネットで見つけた事例
ブログの事例
二つの封筒問題を取り上げたブログやサイトを見ても、選んだ封筒の中の金額が決まった後では交換して倍になるか半額になるかの確率が半々とは限らないことを把握しているページは多くありません。次の例はその少ないページの中の一つです。
「数楽どん話」 というサイトの 「期待値の怪」 というページに掲載されている 「期待値の怪について その2」 というメールの中に、
「他の封筒に入っている金額が選んだ封筒より多いか少ないかの確率も1/2である。と考えるのは、欠落している条件を無視した錯覚である。」
という箇所があります。 この中の 「欠落している条件の無視」 とは確率の錯覚現象の一つの 「基準率無視」 (Base Rate Neglect) に他ならないし、「錯覚」 という言葉も使われていますが、このページの後半で、金額分布が連続的かつ上限無しの場合の計算方法の方に力点が移ってしまっているので、残念ながら、二つの封筒問題を心理学の問題としてとらえている事例には含まれません。
QAサイトの事例
選んだ封筒の中の金額が決まった後では交換して倍になるか半額になるかの確率が半々とは限らないことを把握している人は多くありませんが、同じ質問に多数の人が回答しているようなときには、一人か二人は把握しています。回答者の中には jousikijinz さんのように、交換したら金額が増えそうかどうかの判別式を計算できる人もいるし、交換して倍になるか半額になるかの確率が偏っている具体例を考えた人もいます。
しかし、二つの封筒問題を 「錯覚心理学」 や 「認知心理学」、あるいは 「行動経済学」 の問題だと認識している人は、私の見た限り皆無でした。
2002年に行動経済学と実験経済学への貢献によりノーベル経済学賞を受賞したカーネマンの邦訳本を私が書店で見かけるようになったのはやっと 2013 年になってからなので、今後は 「二つの封筒問題」 を行動経済学や心理学の観点で見る人が増えると期待します。
付録
心理学実験に確率の錯覚現象を見ることができるか
2014/05/26 にこの項を追加しました。考え方
意思決定の問題として二つの封筒問題に関する心理学実験のデータから、「確率の錯覚」現象や 「変数の誤用」 現象を読み取れるかどうか、調べてみました。Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). の 「実験1」 の場合
この論文の 「実験1」 で使った問題文では、封筒を E1 と E2 の二種類に分けて、次のようなルールを設定しています。- 最初に E1 に 1ドル以上、100ドル以下の金額を入れる。
- 次に E2 に半分、または倍額の金額をそれぞれ確率 1/2 で入れる。
しかし、 「実験1」 の結果を見て、次のような感想を得ることができました。
- 「封筒を開ける前に交換型」 のゲームの成績が非常に悪いことから、期待値の計算ができる被験者は少なそうだ。
- 「封筒を開けてから交換型」 でかつ、渡された封筒が E1 固定のゲームの場合、封筒の金額が少額のときには封筒を交換し、高額のときには交換しない被験者が多いので、期待値の計算ができなくても、ある程度合理的な判断ができそうだ。
Burns, Bruce D. の 「実験1」 の場合
この論文では三つの実験結果を報告しています。 いずれも 「封筒を開けてから交換型」 の問題文を使っていて、 期待値を計算するように求めていますが、 期待値の計算方法のヒントになる記述が問題文に含まれていません。論文の表1 によると 「実験1」 の結果は次のようでした。
金額の上限 |
開けた封筒 10ドル |
開けた封筒 100ドル |
---|---|---|
200ドル | 80%が交換 | 32%が交換 |
なし | 73%が交換 | 56%が交換 |
Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008). の 「実験1」 を参考にすると、 期待値が計算できない被験者も、このような傾向を示せそうなので、 期待値の計算において、 「確率の錯覚」 や 「変数の誤用」 のどちらが発生していそうか、 この実験結果からは何も言えません。
期待値計算方法のヒントになる記述を含む問題文を使って実験しなければ、 望みのデータを得ることはできないのでしょう。
参考文献
-
Abbott, D., Davis, B. R., & Parrondo, J. M. R. (2010).
The two-envelope problem revisited.
Fluctuation and noise letters, 9, 1–8.
-
Burns, Bruce D.
Probabilistic reasoning in the two-envelope problem
-
Butler, Susan F. & Nickerson, Raymond S.(2008).
Keep or trade? An experimental study of the exchange paradox
Thinking and Reasoning 14 (4):365-394 (2008)
-
Cover,T.M.(1987)
Pick the largest number
In Open problems in communication and computation
(eds. T. M. Cover & B. Gopinath), p. 152. Berlin, Germany: Springer
-
Falk, Ruma; Nickerson, Raymond (2009).
"An inside look at the two envelopes paradox", Teaching Statistics 31 (2): 39–41
-
Fox, C.R. & Levav, J. (2004).
Partition-edit-count: Naive extensional reasoning in judgment of conditional probability,
Journal of Experimental Psychology: General, 133, 626-642.
-
Nickerson, Raymond S.& Falk, Ruma.(2006).
The exchange paradox: Probabilistic and cognitive analysis of a psychological conundrum
Thinking and Reasoning 12 (2):181–213
-
Ichikawa,S. & Takeichi, H. (1990).
Erroneous beliefs in estimating posterior probability. Behaviormetrika, Vol 27, Jan 1990, 59-73.
-
Wagner, Carl G.(1999).
Misadventures in Conditional Expectation: The Two-Envelope Problem
Erkenntnis, Vol.51, No.2/3 (1999), pp.233–241
用語解説
-
変数の誤用
二つの封筒問題で封筒を交換した後の金額の期待値を計算するときに起こす、次のような錯覚現象です。
金額ペア(A, 2A) の A が確率1/2 で自分の封筒に入っていて、交換すると倍になる。2A も確率1/2 で自分の封筒に入っていて交換すると半分になる。 倍になったり半分になったりする前の金額をXとすると、交換した後の期待値は(1/2) 2X + (1/2) (X/2) だ。
このように、A や2A が無意識に一つの変数 X に混ざり合ってしまう現象です。
こういう現象が実際に人の頭の中で起きているのだ、という説が 二封筒問題のおまじないの王様 – 変数誤用説 – の中核をなしています。
-
確率の錯覚
二つの封筒問題で封筒を交換した後の金額の期待値を計算するときに起こす、次のような錯覚現象です。
金額ペア(A, 2A) の A が確率1/2 で自分の封筒に入っている。2A も確率1/2 で自分の封筒に入っている。 だから自分の封筒の金額を X とすると、 もう一つの封筒にX/2 が入っている確率も、2X が入っている確率も、 どちらも1/2 だ。
このように、(X/2, X) と (X, 2X) という二組の金額ペアを考えるときに、一組の金額ペア(A, 2A) を考えていたときの確率をそのまま当てはめてしまう現象です。
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