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このページは、2018年6月26日に "英語版Wikipedia が長年参照している論文" というページに書き加えた「この論文の著者たちが読んだ論文のひとつ」という章を独立のページにしたものです。
2019/04/28 0:49:10
初版 2019/04/28

英語版Wikipedia が長年参照している論文が参考にしている論文

2003年に発表されたらしいある論文が、英語版Wikipedia が長年参照している論文の参考文献として上げられています。
その論文について 2019年4月に Google Scholar で調べたところ、 被引用数が 16 と比較的高く、英語版 Wikipedia の "Two envelopes problem " の初期の版から参考文献にあげられていて、さらに 2018年頃から本文でも引用されるようになったことなどから影響力が増しています。
以下、その論文を「この参考論文」と呼ぶことにします。

この参考論文の内容

1 問題文
まずゲームのルールを次のように説明しています。
  • 開ける前に交換型である。
  • あなたはゲームのプレイヤーで、もらえる金額をなるべく多くしたいと欲している。

そして、三つの形式の推論 (reaoning) のどれも正しそうでありながら相互に矛盾することがパラドックスである、と述べています。
  • 形式1
    あなたの封筒の金額と他方の封筒の金額の組み合わせが n と 2n、2n と n の二通りだと考える。
    封筒を交換しない場合とした場合の期待値がどちらも (3/2)n である。
  • 形式2
    あなたの封筒の金額と他方の封筒の金額の組み合わせが x と 2x、x と x/2 の二通りだと考える。
    封筒を交換しない場合の期待値と、した場合の期待値はそれぞれ、x、(5/4)x である。
  • 形式3
    あなたの封筒の金額と他方の封筒の金額の組み合わせが 2y と y、y/2 と y の二通りだと考える。
    封筒を交換しない場合の期待値と、した場合の期待値はそれぞれ、(5/4)y、y である。

私の注:
形式2が二つの封筒問題の推論形式であり、この形式だけでパラドックスを説明することがより一般的です。

2 解
上記の推論のそれぞれの形式が正しい推論であらしめるようなメカニズムが存在するとして、下記のような例を上げています。
  • メカニズム1
    種金額 n を決めて、n をランダムに選んだ封筒に入れ、2n をもう一つに入れる。
    このメカニズムのもとでは形式1 の推論が正しくなる。
  • メカニズム2
    種金額 x ををあなたの封筒に入れた後、2x と x/2 のどちらかコイントスで決めた金額を他方に入れる。
    このメカニズムのもとでは形式2 の推論が正しくなる。
  • メカニズム3
    種金額 y をを他方の封筒に入れた後、2y と y/2 のどちらかコイントスで決めた金額をあなたの封筒に入れる。
    このメカニズムのもとでは形式3 の推論が正しくなる。
そして、典型的な推論では、形式2 の考え方をメカニズム2 に適用しているために、パラドックスが生じるのだと書いてから、「このパラドックスが解決した」と宣言しています。 (← 2019/4/28 修正)
そして次のような脚注が書かれています。

私の注1 :
結局、Cargyle, J. (1992)を参考にコインフリップ錯覚説を思いついたというのが、ここまでの論旨だと思います。

私の注2 :
参考文献が哲学論文誌に掲載の文献に限定されているのは見事です。
二つの封筒問題がベイズ統計学者によって産み出されたことにまったく気づいていないのかも知れません。

私の注3 :
(2018/06/29 修正)

この参考論文が参考にしているCargyle, J. (1992)に下記のような議論が見られます。
封筒 e1 の金額 m を種金額にして封筒 e2 の金額 n を 確率半々で m の半分や倍にするようなケースを考えると次のようになる。
選んだ封筒が e1 の場合、e2 の金額が倍である確率は e1 の金額によらず 1/2 である。
しかし、選んだ封筒が e2 の場合、e1 の金額が倍である確率は e2 の金額によって 0 だったり 1 だったりする。
Cargyle, J. (1992)では「命題の確率」や「客観的チャンスの確率」のような用語も使っていて、上の例の場合、選んだ封筒が e1 か e2 かによって異なるような確率を「客観的チャンスの確率」と呼んでいるようです。しかし事前確率を出発点にして議論することに対して批判的な文章も見られるので「客観的チャンスの確率」が統計数学の「条件付確率」に正確に対応しているわけではなさそうです。1/2 以外の確率を論じているのでCargyle, J. (1992)数学的標準説に近そうだと思ったのは私の勘違いだったようです。

3 ベルトランのパラドックス
Kneale, W. C. (1952)に書かれているベルトランのパラドックスが二つの封筒問題に似たところがあると述べています。
  • ベルトランのパラドックスは正午に出発した列車が300km離れた駅に午後2時に到着する確率の問題である。
  • 推論1 では2時に到着するために必要な速度が列車の可能な速度範囲のどの辺りに位置しているかで確率を計算する。
  • 推論2 では最も早い到着時刻と最も遅い到着時刻の範囲のどこに2時が位置しているかで確率を計算する。
  • 運転手が速度を制御するメカニズムによって、推論1 が正しかったり、推論2 が正しかったりする。

私の注1 :
二つの封筒問題の期待値計算式が正しくなるような確率分布は(proper な確率分布の範囲では)存在しないので、ベルトランのパラドックスを引き合いに出すのは間違いでしょう。

私の注2 :
この参考論文にしても、ある論文にしても、二分の三説の論文では無理な類似問題を引き合いに出す傾向があるように思います。 (← 2018/06/29 修正)

4 意思決定論と指示 (designation)
私には読みづらい文章でしたが、次のような言い回しでコインフリップ錯覚説から変数誤用説によく似た説に進んでいるように読めました。 ただし、この論文で最も難解な箇所のため、私の読み間違いである可能性が高いです。 (← 2019/04/28 修正)
どうして典型的な推論は間違ったのだろうか。 その答えは、採用した designator がどのようなものかを考えればわかる。 (← 2019/04/28 追加)
  • あなたの封筒の金額を x とすると <x 2x> の金額ペアと <x. x/2> の金額ペアの二つの可能性がある。
  • しかし、x が rigid-designator だとすると、二番目の可能性の x は別の rigid-designator でなければならない。
    そして逆に x が rigid-designator でないとすると、それぞれの可能性で x の値が異ならねばならない。
(↑ 2019/04/28 修正)
そして最後に、期待値の計算では、変数の参照は変更してはならないということを教訓としてあげています。 (← 2019/04/28 追加)

私の注: (← 2019/04/28 追加)
純粋に変数誤用説であるなら、コインフリップ型の計算を持ち出す必要はないので、この論文の議論の進め方は不思議です。
コインフリップ幻想説が本音で、rigid-desgnator の議論は付け足しなのかも知れないし、逆かも知れません。

5 封筒の開封
「開けてから交換型」の二つの封筒問題についても述べていますが、開けて見た封筒の金額によって交換が有利になったりならなかったりするのでパラドックスは無いというスタンスです。

私の注:
奇妙なのは金額ペアが一種類だけのとき、期待値計算式の確率が 1/2 でなく 1 か 0 であると述べている点です。
なぜ「開ける前に交換型」の場合にも同じように考えることができなかったのでしょうか? 不思議です。



参考文献

用語解説



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